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前橋育英と延岡学園の美しき決勝。両校が見せたクリーンファイトの爽快

前橋育英と延岡学園の美しき決勝。両校が見せたクリーンファイトの爽快

「振ってくれ」と叫びそうだった。

 

 8月22日の決勝戦。9回裏、2死一、二塁、延岡学園(宮崎)の9番・奈須怜斗は、1ボール2ストライクと追い込まれていた。点差は1点。一打が出れば同点の場面だった。

 

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「見逃し三振」という打者にとってもっとも悔いが残る結果よりも、振りにいっての結果の勝敗であってほしい――強くそう願った。

 

 結果は空振り三振。

 

 その瞬間に、前橋育英(群馬)の優勝が決まった。

 

 もっとも、私は特に延岡学園を応援していたというわけではない。

 

 4回裏に延岡学園が3点を先制し、その直後の5回表に前橋育英が同点に追いつく。7回表に前橋育英が1点を勝ち越すという白熱の好ゲームに、両者がすべてを出し切った上で試合が決着してほしい、と願っていただけなのだ。

 

 この試合には両者の勝った負けただけではない、大きな何かを感じられずにはいられなかったのだ。

 

■対戦相手の捕手に駆け寄って、手当をした一塁コーチャー。

 

 今も心に残っているシーンがある。

 

 それは9回表、1死三塁での出来事だ。

 

 タイムリーが出れば、前橋育英に1点が加わり、試合の大勢がほぼ決まる。そんな展開で、前橋育英の5番・小川駿輝が2−2からの6球目に打ったファールチップが、延岡学園の捕手・柳瀬直也の右手に直撃した。

 

 柳瀬はその場にうずくまった。

 

 すると、前橋育英の一塁ベースコーチャーの富田恭輔が柳瀬のもとへ走り出した。

 

 一塁コーチャーは自軍の打者が死球を受けた時のために、ズボンのポケットにコールドスプレーを用意しているのだが、富田は相手捕手がうずくまるのを見て、駆け寄ってきたのだった。

 

 この数分間、実に温かい空気が流れていた。

 

 コールドスプレーで柳瀬の痛みを和らげようとする富田。柳瀬はグラブとマスクをその場に置いたのだが、打者の小川はそれを手に持ち、柳瀬の回復を待っていた。

 

 この試合では、そうした相手を思いやる姿勢が随所に表れていた。

 

 打者がキャッチャーのマスクを拾う、あるいは、キャッチャーがバットを拾う。全国大会、それも決勝戦の舞台の、緊迫した場面でもその所作を怠らない両校の生徒に、野球以外の力を感じた。

 

■勝つことよりも、人間性を誉められる方が嬉しい。

 

 前橋育英は「凡事徹底」という言葉を掲げ、小さなことを積み重ねて強くなってきたチームだった。全力疾走やカバーリング。日常生活においては、挨拶や時間厳守、掃除を重んじ、人間性を高めてきた。荒井直樹監督は言う。

 

「野球以外の面で重視しているのは、服装と時間、清掃などです。服装が乱れたら、社会では生きていけません。時間はただ、集合時間に間に合えばいいということではなく、提出物をきっちり守るとか、『間に合う』ということが大切。掃除については、片づける人間か片づけられない人間なのかどうか。野球の試合の中には、『試合を片づける』という部分がありますし、そこにつなげて話をします」

 

 一方の延岡学園も、日々の積み重ねを重視するチームだった。

 

 野球の練習だけではなく、日常生活・学校生活で自身を律する。挨拶やゴミ拾いなどの当たり前のことを当たり前に繰り返してきた。重本浩司監督は言う。

 

「うちの学校は大峡町というところにあるのですが、甲子園の出場が決まった時に、町の方から今年は甲子園に行くんじゃないかと思った、と言われました。挨拶や普段の行動を見て、今年は違うと思ってくれたそうです。僕は、勝ったことよりも、そう言ってもらえたことが嬉しかった。今年の3年生は普段の生活にしても、寮生活にしても、コツコツと積み重ねてきた。人の良さ、人間性はあると思います」

 

■キャッチャーマスクを打者がわざわざ拾う行為も「普通のこと」。

 

 両者は似通っていた。

 

「僕らは凡事徹底というテーマを掲げていたんですけど、試合後に聞いたら、延岡学園もそうだったらしいです。お互い、同じ目標を掲げていたので、感じるものがありました。延岡学園はいいチームだった」と前橋育英の遊撃手・土谷恵介が言えば、右太もも肉離れで1回にベンチに退いた延岡学園の二塁手・梶原翔斗もこう語った。

 

「ベンチで試合を見ていて思ったのは、お互いが正々堂々と試合をしているということでした。『凡事徹底』というのがプレーにも出ていたし、普段の生活の積み重ねを大事にしているチーム同士が今年の決勝の舞台に揃ったんだなと思いました」

 

 念のため、ファールボールを追う際に放ったキャッチャーマスクを相手チームの打者が拾う行為について選手に聞いて回ってみたのだが、どちらのチームの選手も「当たり前のこと」と特別なこととは受け止めていなかった。前橋育英のエース・高橋光成は2連投で明らかに疲れている中での出場だったはずなのだが、それでも打席に入った時にはキャッチャーマスクを拾うことを忘れなかった。そのことを質問すると、「普通のことなんで」とサラリとコメントした。荒井監督は言う。

 

「疲れていることと、気付くことは切り離して考えています。楠(裕貴)が今大会の試合で、チャンスにキャッチャーフライを打ったんですけど、その時にマスクを拾ってキャッチャーに渡してからベンチに帰って来たことがありました。楠は今大会打てなくて迷惑を掛けたって言っていたんですけど、僕は楠のその行為がすごく大事なことだよって話しました。凡打して悔しいと思うけど、その瞬間に次の事が始まっているわけですから、次に切り替えられるんです」

 

■勝利に固執し過ぎ、様々な問題が出てきた高校球界。

 

 昨今の高校球界では、さまざまな問題が噴出してきている。

 

 勝利に固執するあまり、相手を思いやる気持ちに欠けるプレーを行うチームが増えている。

 

 今春のセンバツでは、ホームのクロスプレーでメジャーリーガーばりのタックルをお見舞いしたチームがあったし、今大会でもサイン伝達などが問題となった。

 

 そんな中で、決勝戦は実にクリーンファイトだった。

 

 前橋育英の一塁コーチャー・富田は言う。

 

「相手チームがいるから野球ができる。野球人として、人としてしっかりしなければいけないと監督から教えられてきました。コールドスプレーを持って行ったのは、監督から言われたわけではなく、いつものことです」

 

 9回裏、1死一、二塁。延岡学園の8番・柳瀬がキャッチャーフライを打ち上げた。

 

 前橋育英の捕手・小川はマスクを外して三塁ベンチ手前まで追い掛けてスライディングキャッチした。あとアウト一つとなった状況で、小川のキャッチャーマスクを拾い、手渡したのは延岡学園の次の打者で、結果的には最後の打者となる、奈須だった。

 

(「甲子園の風」氏原英明 = 文)

 

素晴らしい。。。


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